大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1578号 判決 1999年2月25日
大阪市中央区道修町二丁目一番五号
控訴人
小野薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
上野利雄
右訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
夏住要一郎
同
鳥山半六
同
岩本安昭
同
阿多博文
同
田辺陽一
大阪市淀川区西中島五丁目一三番九号
被控訴人
共和薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
杉浦好昭
福井県坂井郡金津町市姫二丁目二六番一七号
被控訴人
小林化工株式会社
右代表者代表取締役
小林喜一
徳島市国府町府中九二番地
被控訴人
長生堂製薬株式会社
右代表者代表取締役
播磨久明
金沢市三馬三丁目三四五番地
被控訴人
辰巳化学株式会社
右代表者代表取締役
黒崎昌俊
滋賀県甲賀郡甲賀町大字大原市場三番地
被控訴人
大正薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
増井謙治
滋賀県甲賀郡甲賀町大字大原市場四三番地の一
被控訴人
大原薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
大原克文
右六名訴訟代理人弁護士
安田有三
同
小南明也
右補佐人弁理士
長沼要
同
川上宣男
大阪府門真市新橋町二番一一号
被控訴人
東和薬品株式会社
右代表者代表取締役
吉田逸郎
右訴訟代理人弁護士
花岡巖
同
新保克芳
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らは、平成一〇年七月二一日が経過するまで、別紙目録記載の医薬品を販売してはならない。
三 控訴人に対し、
1 被控訴人共和薬品工業株式会社は五〇万〇六三一円
2 被控訴人小林化工株式会社は一一万九〇三一円
3 被控訴人長生堂製薬株式会社は七八七万八二三一円
4 被控訴人辰巳化学株式会社は一一万九〇三一円
5 被控訴人大正薬品工業株式会社は八六万六三三一円
6 被控訴人大原薬品工業株式会社は三七六万一三三一円
7 被控訴人東和薬品株式会社は一一万九〇三一円
を支払え。
四 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。
五 仮執行宣言
第二 事案の概要
(以下、控訴人を「原告」・被控訴人を「被告」という。)
本件は、原告の有していた特許権(先発医薬品とその有効成分)の存続期間中に、被告らが原告の特許製品を使用して被告ら製剤を製造し、これを利用して薬事法の製造承認に必要な各種試験を行ったことが特許権の侵害にあたるとして、特許権又は不法行為に基き被告ら製剤の販売差止と損害賠償を求めた事案である。
一 基礎となる事実
原判決九頁二行目から同一五頁二行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
二 争点
1 薬事法に基づく製造承認申請に必要な資料を調える目的で、本件特許権の存続期間中に被告ら製剤を製造し、これを用いて各種試験を行ったことが本件特許権を侵害するか。
被告らの右行為は特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」として許されるか。
2 本件特許権又は不法行為に基づき、本件特許権の存続期間満了後に被告ら製剤の販売差止を求めることができるか。
3 1項の特許権侵害にあたる場合の原告の損害額
第三 争点に関する当事者の主張
次に付加する他は、原判決事実及び理由中の「第三 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決五四頁四行目冒頭から同頁八行目末尾までを削除する。)。
【原告の補充主張】
一 特許法六九条一項の「試験又は研究」の意義
1 特許法一条は、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、新しい技術を公開した者に対して、その代償として一定の期間、一定の条件の下に特許権という独占的な権利を付与し、他方、第三者に対してはこの公開された発明を利用する機会を与えることにより、技術の進歩ひいては産業の発達を図ろうとするものである。
ところで、同法六九条一項は、同法六八条の例外として、同法一条の趣旨に基づき「発明の保護」と「発明の利用」との間に調和を求めつつ、特許法の目的である産業の発達を図ろうとしているが、ここで「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に特許権の効力が及ばないこととしたのは、試験又は研究がもともと特許に係る物の生産・使用・譲渡等を目的とするものではなく、技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものであり、特許権の効力をこのような実施にまで及ぼしめることはかえって技術の進歩を阻害することになるという理由に基づくものである。
2 右のような特許法六九条一項の趣旨からして、「試験又は研究」の範囲を考察するに当たっては、「発明の保護」と「発明の利用」を調和させ産業の発達を図るとの視点から、第一に、何を試験・目的の対象にするのか、すなわち対象による限定が、第二に、何のための試験・研究であるのか、すなわち目的による限定が、それぞれ問題となる。
(一) 対象による限定に関しては、ドイツ特許法一一条二号に関する解釈が我が国においても参照されるべきであり、あくまでも当該特許発明それ自体、すなわち物質発明においては当該物質、用途発明においては当該用途に関する技術の進歩が図られるものでなければならない。
(二) 目的による限定に関しては、特許法が技術の進歩ひいては産業の発達を目的としている以上、「試験又は研究」も技術の進歩を目的としているもの、すなわち、具体的には次の三種類の態様に限られるべきである。
(1) 特許性調査
特許発明又は出願公告された発明について、新規性・技術的進歩性の有無を調査するために行われる試験で、その結果によっては、無効審判の請求又は異議申立を可能とするものである。特許要件を具備していない技術に独占権を与えることは特許制度の目的に反するものであり、無効審判を通じて過誤登録特許を無効とすることに繋がる調査は、本来特許性のない発明が特許されることを防ぐという意味で、技術の進歩に結びつく性質のものといえる。
(2) 機能調査
特許発明が実施可能であるか、明細書記載の通りの効果を有するか、場合によっては副作用等の副次的影響を生ずるか否か等を調査するものである。この試験はさらにその特許発明のもたらす経済的利益・不利益、その実施に要するコスト等の確定をも含む。その結果によって、実施許諾を受ける可能性が明らかになる場合もある。特許法は発明の開示を登録要件としており、特許発明の技術の内容が当業者に理解されることを前提としているから、このような調査によって技術内容を確認・理解をし、特許発明のもつ技術的知見の範囲を拡げ、後述の改良・発展への道を開くものである点で、法の目的に合致するものである。
(3) 改良・発展を目的とする試験
いかに画期的な発明であろうとも、基本発明だけではその技術の恩恵を社会は十分に享受しえず、多くの場合、優れた改良発明があってはじめて基本発明の価値が発揮される。社会の技術水準を向上させ産業の発達に寄与するという特許法の目的に鑑みると、開示された特許発明を基礎として改良を加える行為は奨励されるべきものである。したがって、かかる改良を目的とした試験・研究に伴う実施は特許権の効力の範囲外とすべきである。
二 後発医薬品の製造承認のための生物学的同等性試験等は特許法六九条一項の「試験又は研究」に該当しない。
1 本件特許発明に係る医薬品については十数年前に上市されたもので、原末の製造法や試験法については特許明細書や薬事関係の公刊された書物に記載されており、この点について新たな技術開発の必要はない。
また、安定性・均一性を確保する点についても、製剤化のための添加物については一般に慣用の基本製剤処方というものがあり、これに本件のメシル酸カモスタットのような活性成分を加えて製剤化するだけであって、後発医薬品の製造者は製剤化技術(製造基準や試験方法)を独自に開発するわけではなく、新たな技術開発は必要でない。
さらに、剤形の工夫についても、後発医薬品の製造承認のための加速試験や生物学的同等性試験は服用しやすい剤形の開発を目的とするものではなく、服用しやすい剤形の開発のためのデータが得られるものでもない。被告ら製剤の製造にあたり、被告らが服用しやすい剤形の工夫のための実験を行った事実もない。
2 本件特許発明はメシル酸カモスタットという物質に係る発明であるから、特許明細書に事細かな製剤方法まで記載されているわけではない。しかし、先発医薬品と同一の効力を得るだけであれば、剤形の工夫にせよ、添加剤の工夫にせよ、先発医薬品を実際に分析し、その添付文書を検討して、先発医薬品を模倣するだけで容易に結論を得ることができる。
(一) 原告製剤であるフォイパン錠の場合、一錠一三〇mgで一錠中の有効成分は一〇〇mgであり、被告ら製剤についてもこれとほぼ同一である。一般的に、製剤一錠中に許容できる最大薬物含量は、活性成分の溶解性・圧縮・成型性・崩壊性等の活性成分の物性によって変化するものであり、これらの物性が良好であればあるほど一錠に多くの活性成分を加えることができ、添加剤を少なくすることができる。しかし、物性が良好であっても、全く添加剤等を加えずに製剤化することはできず、一錠の活性成分の量は全体の八〇%程度が限界であり、それ以上加えると溶解性・圧縮・成型性・崩壊性等の点で問題が出てくるといわれている。原告製剤の場合、有効成分の量は約七七%で右の八〇%に近い。このことはメシル酸カモスタットの物性が安定しており、添加物の選択が簡単で量も少なくてすみ、製剤化が極めて容易であることを示しているのである。
(二) もっとも、後発医薬品においては、右の添加剤について先発医薬品と異なるものを使用することがないわけではない。また、被告らが使用するメシル酸カモスタットの原末は控訴人の製造したものではないため、原告製剤と異なる物性を示すことがあり、原告製剤と同じ水準の製剤を製造するためには添加剤を変えたり加減することが必要となる場合もある。
しかし、厚生省が添加剤として許可している物質は現段階で一三四六品目あり、そのうち常用されているものはごく少数で、使用される組み合わせも限定されているのであって、本件のメシル酸カモスタット製剤のように格別の製剤化検討を要しないものについては特に工夫を要することはない。
ちなみに、そのような添加剤として広範に使われているものは、賦形剤(乳酸、トウモロコシデンプン、結晶セルロース、Dマンニトール、無水リン酸水素カルシウム、白糖)、結合剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポピドン、トウモロコシデンプン、メチルセルロース)、崩壊剤(トウモロコシデンプン、多価カルボキシメチルセルロースのカルシウム塩)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、ステアリン酸)等であり、それ以外のものは例外的にしか用いられることがない。
従って、後発医薬品を製剤する場合、先発医薬品を分析し、それに近いないしは類似の特性を持つ添加剤の組み合わせによって製剤し、崩壊試験等を行ってみて製造承認を得るに必要な水準のデータが得られなければ、構成補助剤の比率を変えたり過不足させたりすれば良いだけである。
さらに、被告らのような後発品メーカーの場合、添加剤については経験的に数種類の組み合わせを基本形として保有しており、その特性を熟知しているので、既知の基本形の中から、活性成分の化学構造・物理化学的性質に最適と考えられる基本形を選択して製剤し、それについて崩壊試験等を行って、結果が悪ければ前記のような修正を施すことも行われている。つまり、後発医薬品の製剤化において、新たに独自の技術を開発するなどということはないのである。
3 以上のように、後発医薬品の製剤化検討は、既存の知識と技術によつて極めて簡易に行うことのできるものであり、わずかな知識と簡易な実験によって構成されるもので、技術進歩のために行われるものではない。まして、本件のメシル酸カモスタットの場合、前記のごとく物性が安定しているため、添加剤の組成が開示されていないとしても製剤化することはいとも簡単であり、技術開発としての側面はありえず、前記一2(二)(1)ないし(3)のいずれにも該当しない。
従って、被告ら製剤につき製造承認申請のために行う各種試験は特許法六九条一項の「試験又は研究」には該当しないというべきである。
【被告共和薬品らの補充主張】
一 後発医薬品の製造承認申請において必要な資料を得るための試験は次の段階を経る必要がある。
1 製剤化(製剤の処方とその製造方法)の検討
(一) 製剤の処方とは、医薬品における有効成分(本件においてはメシル酸カモスタット)とそれ以外の配合物質(添加物)を決定し製剤化することである。
添加物は、通常、許可された一三四六品目の中から各製薬メーカーがそれぞれのノウハウ・経験に基づき選択しその配合比を定めるが、製剤中の有効成分が体内で均一に分散し適切に放出されるのに必要な添加物として賦形剤・結合剤・崩壊剤等があり、その他、矯味剤・安定化剤・滑沢剤・コーティング剤・光沢化剤等を当該医薬品の有効成分・用途等に応じて配合しなければならない。
ところが、本件メシル酸カモスタットの特許公報では、「有効量、投与方法、製剤化のための事項など」について、当該医薬発明を当業者が容易に実施することができる程度に記載されていないばかりか、メシル酸カモスタットの人に対する用途として開示されている内容も極めて限定的であるから、これを見ただけでは当業者といえども人に対する医薬品を製造することは不可能である。しかるに、原告は、原告製剤の製造処方を企業秘密として開示せず製造承認申請書等も開示していない。
そのため、後発医薬品開発メーカーである被告らは、製剤化について自社の技術・ノウハウを駆使して試作を繰り返し、製造承認申請に必要な試験に供する製剤を完成させるが、さらに、包装状態・非包装状態の各製剤に関する安定性試験を別途実施し、温度や湿度など諸条件に対する影響を確認すると共に製剤検討を重ねて安定した製剤を作らなければならないのである。
なお、この製剤化の検討において特許出願に至るような技術を開発する場合が多々ある。
(二) 製造方法の検討
製剤の処方が明らかであっても、製造方法が異なることによって、当該製剤の安定性が著しく相違する場合があるため、後発医薬品製造メーカでは作業手順を含めた製造方法を検討する必要が生ずる。また、製剤化のための適切な機器の選択、その運転条件(回転数、時間、温度等)の設定が必要であり、品質の安定した製剤化が可能な要件を検討しなくてはならない。
2 製造承認申請のための各種試験
(一) 後発医薬品は、先発医薬品と有効成分や剤形が同一であっても、必ずしも有効性や安全性が同等ということではなく、製剤化の相違によっては副作用が発生することがある。そのため、後発医薬品の有効性や安全性を確認するために規格試験・加速試験・生物学的同等性試験が課されている。
生物学的同等性試験について、固形剤を例にとれば、通常胃の中でまず固形剤の崩壊が起こり、次に薬物の固形粒子が消化管液に溶け、さらに消化管粘膜を通過して血中に入る。従って、同じ剤形であっても製剤化の具体的内容が相違すると、人体各器官中での崩壊割合・溶解率・吸収速度が異なり、経過時間による血中濃度が異なって来る。つまり、同一・同量の有効成分が体内に摂取されたとしても、同じ治療効果を発揮するとはいえないのである。
(二) 被告らの行った各種試験
被告ら製剤に関する製剤化の内容、すなわち有効成分・分量、製造方法は、各社それぞれのノウハウ・企業秘密に属する事項であり詳細は明らかにすることはできないが、<1>賦形剤については五種類の物質を用い(その内容は各社によって異なる)、<2>結合剤については各社同じ物質を用いているが、その使用量は全く異なっていて、最大で三倍以上の開きがあり、<3>崩壊剤については五種類の物質から各社それぞれに選択し、同じ物質を用いた場合でも使用量の格差は最大で三倍以上の開きがあり、<4>滑沢剤、コーティング剤、光沢化剤についても各メーカーによる差異があった。
二 以上のように、被告らの製造したメシル酸カモスタット製剤の化学的組成はすべて異なるのであり、化学的組成が不明な先発医薬品及び同組成が相互に異なる後発医薬品同士であるにもかかわらず、先発医薬品と生物学的に同等である医薬品をそれぞれ開発した点において、被告らの行った各種試験は技術改良・進歩に他ならないというべきである。
医薬品製剤化の技術開発は特定の医薬品を目的としないで抽象的・一般的に行われることはなく、特定の医薬品の製剤化を企図する過程で初めて製剤化の技術開発が行われるのである。そして、右の開発過程において知得しノウハウに基づき新たな特許出願に至る場合も多々あるのであり、本件のメシル酸カモスタット製剤の開発過程において結果的に特許出願に至るような発明がなされなかったとしても、それは結果論に過ぎない。
しかも、医薬品は製造承認を受けて市販された後も、先発品・後発品を問わず常に医薬品としての安全性の調査が継続されるのであるから、一社でも多くの製薬メーカーが当該医薬品の試験をし後発医薬品の製造販売を行うことは、有効性及び安全性の面において社会一般の利益に貢献するものでもある。
【被告東和薬品の補充主張】
一 原告は、後発医薬品につき製剤化のための添加物には一般に慣用の基本製剤処方というものがあるというが、製剤の有効成分としてメシル酸カモスタットを加えるだけで、安定性・均一性のみならず、先発医薬品との生物学的同等性までもが確保できるような慣用の基本製剤処方などは存在しない。
後発医薬品であっても、有効成分毎に各種の添加物(賦形剤・結合剤・安定化剤・吸収促進剤・溶解補助剤・崩壊剤・滑沢剤・皮膜剤=コーティング剤等)の種類及び量を種々選択して、処方および製造方法を数多くの試行錯誤を経て決定するのである。これらの検討の結果として錠剤の崩壊性、硬度等の最低具備すべき物性はもとより、安定性・均一性及び先発医薬品との生物学的同等性がようやく確保されることとなる。
使用する添加物の種類及び量の違い、製造方法の違い、原末の結晶形等によって、バイオアベイラビリティ(生物学的利用性=血中に取り込まれた薬物の量とその速度をいう)の違いや中毒の発生まで生じ得るのであって、後発医薬品においても、安定性試験や人における生物学的同等性試験、(バイオアベイラビリティが同等であることを試験する)が必要とされているのはそのためである。
公知の慣用の基本製剤処方なるものがあり、これに活性成分を加えるだけでこと足りるかのような原告の主張は全くの誤りであり、後発医薬品の開発には各種添加物の選択等の技術開発が必要であり、これらが蓄積されることで製剤技術の発展が図られることは否定できない。
二 そもそも、先発医薬品と有効成分・投与経路・効能効果・用法用量・剤形・含量が同じである後発医薬品について、生物学的同等性試験が要求されるのは、何らかの未知の要因や、有効成分及び賦形剤の原材料の出所・製法等の相違によって生物学的には同等でない場合があることから、医薬品としての有効性・安全性を確保するために、そのような場合であるか否かを明らかにする必要があることによるものである。生物学的同等性試験によって、後発医薬品が先発医薬品と同等であるか否かが判明するということも技術の進歩をもたらすものというべきである。
また、後発医薬品の製造承認申請のために、製剤の溶解性・吸収性・服用の便宜性等について各種試験を行うことは、先発医薬品の成分・効能と同等の製剤の型・用量・用法の製剤を得るための技術上の知見にとどまらず、広く薬剤の規格や製剤化技術に関し技術的・基礎的な知見をも得ることができ、これにより将来にわたる製薬技術進歩の基礎となりうる各種知見や情報が得られるのであって、この意味でも、後発医薬品の製造承認申請のために実施される各種試験は、広く科学技術の進展に寄与しているということができる。
三 特許法六九条一項に規定する「試験」には何の限定も付されていないから、その解釈においては、特許法の目的や「試験」に特許権の効力を及ぼさないこととした立法趣旨などから認められる特段の限定解釈事由がない限り、文言通りに解釈すべきものである。すなわち、後発医薬品の製造承認申請のためにする試験も「試験」であるから、それが同法六九条一項の「試験」に該当しないというためには右の特段の事由を必要とする。
特許制度が一定期間の発明の利用の独占を認めているのは、発明の独占利用による収益の独占が発明活動の大きな動機付けとなりうるからであり、試験が特段の限定を付されずに一般的に特許権の効力の外とされたのは、試験は一般的に特許権者の収益独占を損なわないからに他ならない。程度の差はあれ、試験が学問・技術の進歩という大きな公益目的に寄与することを考慮すると、試験の自由に対する無用の制約は避けるべきである。「試験」に特段の限定を付さない六九条一項の規定はこの見地から当然視されるものであり、特段の限定は、特許保護による発明奨励を損なうような試験、具体的には特許期間中の収益独占を損なうこととなる試験に限って付されるべきものであり、それが六九条一項の文言の素直な解釈である。
第四 当裁判所の判断
当裁判所も、被告らが薬事法の製造承認申請に必要な各種試験を行うために被告ら製剤を製造使用したことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、従って、原告の本件請求は理由がないものと認定判断するが、その理由は、次に付加する他は、原判決事実及び理由中の「第四 争点1(一)及び争点1(二)に対する当裁判所の判断」(原判決一〇二頁末行から同一二六頁八行目まで、ただし、原判決一二三頁一〇行目冒頭から同一二五頁四行目末尾までを削除する。)に記載のとおりであるからこれを引用する。
一 特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の意義
1 特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(一条)と定めて、「発明の保護」と「発明の利用」との調和を図りつつ、発明の奨励すなわち技術の進歩による産業の発達を目指すことを明らかにしている。そして、右の目的を達成するために出願制度を採用し、登録された特許権については、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」(六八条本文)と定めて、特許権の独占的効力を保護する一方、特許出願の内容については公開を義務付けることによって技術内容を一般に公表し(六四条)、それによって広く発明の利用を促して新たな特許発明の出現を期し、また、特許権の存続期間を一定期間に限ることによって(六七条)、発明の保護にも限界を設け、それ以後は発明の自由な活用を保障して産業の活発化や社会生活の便宜をも図っているものである。
右のように、「発明の保護」を図る一方で「発明の利用」との調和を図り、全体として社会の技術水準を向上させて産業の発展を期するためには、公開された特許発明の技術内容を第三者が自由に調査研究して、その技術内容を確認し利用可能性の有無・程度等を検討する機会を十分に保障しなければならない。特許法が「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」(六九条一項)と定めているのも、そうした趣旨によるものと解される。
2 ところで、特定の特許発明に対する「試験又は研究」と目されるものの中にも様々な目的を有するものが考えられる。
(ア)当該特許発明を基礎として新たな技術の開発を目指し、あるいは当該特許発明の部分的改良を期すなどの積極的な応用を目的とする場合、(イ)特許権者から実施権の設定を受けるか否かを検討するため、あるいは将来存続期間満了後に自ら当該特許発明を実施するために、発明の技術内容を分析し確認しようとする場合、(ウ)そうした積極的な目的を持たず、単に発明の技術内容を理解し新たな知見を得ようとするに止まる場合、(エ)当該特許発明を迂回し特許権を侵害しないような技術を探索するという回避的な目的の場合、また、(オ)従来の技術と比較して特許発明がはたして新規性・進歩性等の特許要件を備えているか否かを追試験する場合、さらには、(カ)特許発明を故意に模倣して侵害品を製作し販売することを目的とする場合等である。
このように「試験又は研究」の中にも種々の態様があり得るのであるが、「試験又は研究」は、その目的の如何にかかわらず、少なくとも特許発明を検査分析してその技術内容を確認するという限度ではすべてに共通する面を有している。
「試験又は研究」が有する右のような共通の性格からすると、同項にいう「試験又は研究」とは、その結果が直ちに一定の成果として現われそれが直接技術の進展に寄与する場合に限らず、当該特許発明を多面的に検査分析することにより、当該発明の安定的利用に寄与し又は将来の技術の進展の基礎となるべき資料が得られるに止まって、いわば間接的に技術の進展に寄与するにすぎない場合をも含むものと解するのが相当である。
ところで、特許法六九条一項は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」とのみ規定して、「試験又は研究」の内容について何らの限定をも付していないから、右規定の文言からみると、前記のような態様の「試験又は研究」のためにする実施のすべてに特許権の効力が及ばないと解する余地もある。
しかしながら、特許法六九条一項が設けられた趣旨が、前記のように「発明の保護」と「発明の利用」とを調和させ全体として社会の技術水準を向上させて産業の発展を期することにある以上、前記態様の「試験又は研究」のすべてに特許権の効力が及ばないものと解するのは相当でなく、同項の「試験又は研究」とはあくまで広く技術の進展に資するもの、あるいはそれを目的とするものでなければならず、特許権の存続期間内に販売目的で特許発明を用いた製品を製造・備蓄する等、前記(カ)のような態様の行為はもはや右の「試験又は研究」には当たらないというべきである。
二 後発医薬品の製造承認申請のためにする被告ら製剤の製造と特許法六九条一項の「試験又は研究」
1 後発医薬品は、先発医薬品と同一の有効成分を同一量含む同一剤形の製剤で、先発医薬品と用法用量が同一の医薬品であるから、薬事法上、後発医薬品の製造承認申請に際して必要とされるのは、
(1) 後発医薬品の規格および試験方法に関する資料
(2) 後発医薬品の流通期間中における品質の安定性を短期間で推定する目的で実施される「加速試験」に係る資料
(3) 後発医薬品が先発医薬品と生物学的に同等であることを証明する目的で実施される「生物学的同等性試験」に係る資料
(4) 当該有効成分の毒性、薬理作用、吸収、分布、代謝、排泄及び臨床試験等、安全性と有効性に関する文献等のリスト等の資料
で足り、右のうち(4)の資料は、先発医薬品の製造承認申請のために実施した試験結果の文献等を利用して作成した資料を添付することで足りるとされているので、後発医薬品の製造承認のための試験としては、右(2)の加速試験と(3)の生物学的同等性試験の他に、(1)に関する確認試験、製剤試験のみが必要とされている(甲三・四四、乙三、弁論の全趣旨)。
2 右のように、後発医薬品の製造承認申請に当たっては、薬事法上要求される各種試験等は簡略化されているが、先発医薬品と同一の化学物質を用い同一の有効成分を同一量含む製剤であっても、原料の物理化学的性質の差や製造工程・添加物など製剤化・製造方法の差によって、薬効成分や治療有効成分が吸収され作用部位で利用される速さや量(生物学的利用性=バイオアベイラビリティといわれる)が異なるため、製造メーカーや剤形が異なると治療効果に差異が生じることがあるとされている。
とくに右のバイオアベイラビリティは剤形によって影響を受け易く、例えば、錠剤やカプセル剤のように薬物を吸収するのに崩壊・分散・溶解という過程を経ることが必要な医薬品では、有効成分の粒子径や結晶形の如何によって溶解速度が左右され、また、製剤化にあたって使用される結合剤・崩壊剤・滑沢剤・賦形剤あるいはコーティング剤等によっても溶解速度が左右されることが指摘されている。
したがって、先発医薬品と同等の後発医薬品を製造するには、先発医薬品と同一の化学物質を同一の製造法・精製法で製造して同一の粒子径や結晶形を実現しなければならず、製剤化にあたっても、有効成分と添加物との配合割合を定め、添加物の種類・量を賦形剤・安定化剤・崩壊剤・滑沢剤・コーティング剤等の複数の物質のうちから適正に選定して使用しなければならない。
しかるに、後発医薬品の製造に当たって参酌すべき先発医薬品に関する情報は、特許明細書の記載から、化学物質の特定・同定資料・一般的製造法・有用性(用途)等、製剤の有効成分の特定・薬理効果等(薬理試験・投与量・投与方法等)・毒性等を知ることはできるものの、それ以上には必ずしも十分な情報が開示されているわけではない。
とくに、先発医薬品の有効成分である化学物質の詳細な製造法は製造承認申請書には記載されるが、右申請書が開示されることはないため、後発医薬品を製造する際には同一組成の化学物質を製造するため後発医薬品メーカーの側で独自にその製造法・精製法を設定しなければならず、また、製剤化に関しても、先発医薬品の製剤化において前記の賦形剤等の各物質のうちいかなる銘柄・種類・品等のものが使用されたかを知ることは必ずしも容易ではない(先発医薬品の添付文書や医薬品インタビューフォームを入手すれば、先発医薬品の組成、すなわち有効成分の含量・添加物の種類は判明するが、その配合割合は明らかではない)ため、後発医薬品メーカーの側で独自に薬効・副作用・安全性を確認して製剤化に用いる物質を選定しその成分割合を設定しなければならない。
(甲四六・四九、乙一六、丙五・九、弁論の全趣旨)
3 このように、後発医薬品の規格や製剤化に関する製造基準(有効成分毎の添加物の種類や量、処方や製造方法等)、その試験方法は、被告らが被告ら製剤の溶解性・吸収性・服用の便宜性についての各種の試験研究を踏まえてそれぞれに実現しているものと認められ、その過程で後発医薬品の各成分・効能に相応しい剤形、用量、用法に関する様々な技術上の知見を得ることができるのであるから、後発医薬品の製造承認申請のためにする各種試験等は、それが新規発明や利用発明に直結する性格の技術研究ではなく、直ちに製薬技術に関する新たな改良進歩が得られるものではないとしても、薬剤の規格や製剤化技術等製薬に関する幅広い技術的・基礎的検討を経て、それが蓄積されることにより、将来にわたる製薬技術進歩の基礎となりうる各種知見や情報が得られるものであって、その点において、広く科学技術の進展に寄与しているものというべきである。
4 そして、被告らが本件特許権の存続期間満了前に被告ら製剤を販売し、あるいは備蓄する目的でその製造を行ったものでないことは、原判決「第二 事案の概要」の基礎となる事実(原判決九頁三行目から同一五頁二行目まで)及び弁論の全趣旨から明らかである。
してみると、本件において、本件特許権の存続期間満了後に後発医薬品の製造販売を行う目的で、右存続期間満了前に後発医薬品たる被告ら製剤につき薬事法所定の各種試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるものと認めるのが相当である。
従って、被告らが被告ら製剤につき右試験を行ったことが本件特許権を侵害したものということはできない。
三 本件特許権の存続期間満了後の販売差止請求及び損害賠償請求
原告のこの点に関する主張は、被告らが本件特許権の存続期間中に被告ら製剤につき薬事法上の製造承認のために各種試験を行ったことが特許権の侵害に当たることを前提とするものであるが、右前提を採用できないことは前記一・二で認定判断したとおりであるから、右主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
なお、原告は、後発医薬品につき薬事法の製造承認を受けて薬価基準に収載されるまでの審査期間は現在通常二七ヶ月を下らないとして、その間は、存続期間満了後であっても本件特許権につき原告が独占的利益を確保できる法的地位にあると主張するが、右の期間は、国民の生命・健康を安全に維持するために、厚生大臣が限られた人的・物的施設の下で後発医薬品の安全性を審査するために必要な期間として行政上設けたものにすぎず、人的・物的施設の拡充や政策的な判断の如何によってその審査期間の長短は左右されるのであるから、そのような行政上の目的に従って裁量により定められた期間を直ちに特許権者に保障された法的な利益の保護期間とすることはできないことはいうまでもない。
第五 以上の次第で、控訴人の本件請求は、その余について判断するまでもなく理由がなく棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成一一年一月一四日)
(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 山田陽三)
別紙目録
被控訴人名 承認年月日 商品名
共和薬品工業株式会社 平成八年二月二六日 バンクレール錠一〇〇mg
東和薬品株式会社 平成八年三月七日 カモスタール錠一〇〇
小林化工株式会社 平成八年二月二六日 カモスタット錠一〇〇
長生堂製薬株式会社 平成八年二月二六日 メシルバン錠一〇〇
辰巳化学株式会社 平成八年三月一五日 レセプロン錠一〇〇
大正薬品工業株式会社 平成八年三月一四日 リビリスター錠一〇〇
大原薬品工業株式会社 平成八年三月一四日 アーチメント錠一〇〇mg